「子どもが受け口なのですが、早く矯正したほうがいいですか?」

矯正相談で、保護者の方からよくいただく質問のひとつです。

受け口は、歯科では「反対咬合」や「下顎前突」と呼ばれます。通常は上の前歯が下の前歯より前にありますが、受け口ではその関係が反対になり、下の前歯が上の前歯より前に出て噛んでいる状態をいいます。

「早く始めないと手術になるって言われたけど?」
「子供のうちならすぐに治るのでは?」

そんな期待を持って来院される方も少なくありません。

確かに、成長期だからこそできる治療があります。

しかし一方で、子どもの頃から治療をしても、成長によって再び受け口が目立ってきたり、最終的に外科的矯正治療が必要になったりすることもあります。

では、子どもの受け口に対する「第一期治療」には、どんな意味があるのでしょうか。

今回は、2020年に日本矯正歯科学会から一般公開されている「矯正歯科治療の診療ガイドライン 成長期の骨格性下顎前突編」をもとに、当院のスタンスをできるだけわかりやすくお話ししたいと思います。

「骨格性の受け口」とは?

受け口といっても、原因はみんな同じではありません。

歯の傾きによって上下の前歯が反対になっている場合もあれば、噛んだときに下顎が前へ誘導されている場合もあります。

そしてもうひとつ重要なのが、上顎と下顎の骨格的な位置関係そのものが原因の「骨格性下顎前突」です。

骨格性下顎前突では、上顎が後ろに位置している場合、下顎が前に位置している場合、あるいはその両方が組み合わさっている場合があります。

そうなった原因は、遺伝的な要因だけでなく、呼吸や口腔習癖などの環境的な要因も関係すると考えられています。

つまり、

「受け口だから、この装置で治しましょう」

と単純には決められないのです。

まず大切なのは、その子の受け口が「どこから来ているのか」をきちんと調べることです。

そのため矯正歯科では、噛み合わせや顔貌に関する写真やレントゲンなどの資料をとり、現状の分析と成長段階などの情報を組み合わせて診断します。

子どもの受け口が難しい最大の理由は「成長」です

子どもの頃から矯正治療を始める場合、治療を「第一期治療」と「第二期治療」の二段階に分けて考えます。

第一期治療は、乳歯と永久歯が混ざっている成長期に行う治療で、顎の成長や歯の生え変わりを見ながら、この時期だからこそ改善できることに取り組みます。

第一期治療とは、成長を見守りながら、将来の噛み合わせを考えて治療していく、最初の段階と考えるとわかりやすいでしょう。

特に骨格性下顎前突の治療を考えるうえで、避けて通れないのが「これからどのように成長するのか」という問題です。

特に下顎は、思春期の成長期にも大きく変化します。

小学生のときにいったんきれいな噛み合わせに治しても、中学生、高校生と成長するにつれて下顎がさらに成長し、再び受け口が目立ってくることもあります。

そして残念ながら、一人ひとりの顎がこれからどのくらい、どの方向へ成長するのかを正確に予測することは、現在でも非常に難しいことです。

骨格性下顎前突にはさまざまな要因が複雑に関係しており、顎の成長量や方向を正確に予想することは困難であるとされています。

ここが、成長期の受け口治療の難しさです。

今きれいに治ったからといって、「これでもう大丈夫」とは言い切れません。

だからこそ、受け口の第一期治療は、成長を長期にわたって管理していく治療と言えるのです。

では、早く治療する意味はないのでしょうか?

そんなことはありません。

成長期だからこそ働きかけることのできる部分もあります。

成長期の骨格性下顎前突に使われる代表的なものには、「上顎前方牽引装置(フェイシャルマスク)」「チンキャップ」「機能的矯正装置(ビムラーアダプターなど)」があります。

なかでも上顎前方牽引装置(フェイシャルマスク)は、上顎を前方へ牽引し、上下の顎の前後的な関係を改善することなどを目的として使用されます。

上顎前方牽引装置(フェイシャルマスク)を装着して受け口の第一期治療を行う小児

日本矯正歯科学会のガイドラインでは、この治療は「弱く推奨する」とされています。短期的には、上下の顎の前後的な関係や前歯の噛み合わせに改善が認められています。

ここでいう「弱く推奨する」は、「あまり効果がない」という意味ではありません。

患者さんによって骨格や成長段階、治療による負担などが異なるため、すべての子どもに一律に行うのではなく、一人ひとりについて治療するメリットを考える必要があるということです。

一方、チンキャップについては「推奨なし」とされています。

これも「使ってはいけない」「効果がない」と断定しているわけではありません。骨格そのものへの効果について、推奨を出せるだけの十分な根拠が得られていないという意味です。前歯の噛み合わせなど、短期的な改善については報告されています。

また、機能的矯正装置についても、短期的には骨格や横顔の改善が認められていますが、成長終了時までその効果がどの程度続くのかについては、まだ十分な情報がありません。

つまり、

「早く始めれば必ず治る」でもなければ、「早く治療しても意味がない」でもありません。

ここを白か黒かで考えないことが、とても大切だと思います。

第一期治療をすれば、将来の手術を避けられる?

成長が終わったあと、歯の移動だけでは改善が難しいほど上下の顎の骨格にずれがある場合に、矯正治療と顎の骨を動かす手術を組み合わせて、噛み合わせや顎の位置を整えることがあります。

外科的矯正治療とよばれるこの治療は、成長が完全に終わった成人に対して行われる下顎前突治療の選択肢のひとつです。

ここで知っておいていただきたいのは、第一期治療をしたからといって、将来の外科的矯正治療を必ず避けられるわけではないということです。

上顎前方牽引装置を使用した患者さんでは、使用しなかった患者さんと比較して、後に外科的矯正治療が必要と判断された割合が少なかったという研究もあります。

しかし、治療を受けた患者さんの中にも、最終的に外科的矯正治療が必要と判断された方はいました。

これは、第一期治療が「失敗した」という単純な話ではありません。

第一期治療をして良い状態になっていても、その後に下顎が予想以上に大きく成長すれば、上下の顎のバランスは再び変化します。

成長期に治療を行っても、その後の下顎の成長量や方向によって、最終的に外科的矯正治療が必要になる症例があることは、このガイドラインでも触れられています。

だから第一期治療を始めるときに、

「今治療すれば、将来絶対に手術になりません」という説明はできないのです。

むしろ、治療によって期待できることと、今の段階では予測できないことの両方を、ご本人とご家族に理解していただいたうえでスタートすることが大切になってきます。

それでも第一期治療で目指すもの

では、将来どう成長するかわからないのに、なぜ第一期治療をするのでしょうか。

ここからは、私たちが日々の診療で大切にしている考えです。

私が第一期治療で目指しているのは、「ほうっておくよりも、少しでも良い状態にすること」です。

第一期治療だけですべてを完成させようとしているわけではありません。

成長期の今だから改善できるところがあるのであれば改善する。

前歯の反対咬合を改善できるのであれば改善する。

これから永久歯が生えてくるための環境を、少しでも整えておく。

そして、その後の成長を観察しながら、その時々でできることを考えていく。

私は、そこにも第一期治療の意味があると考えています。

もちろん、第一期治療をしても第二期治療が必要になることはあります。

その後の成長によって、最終的に外科的矯正治療という選択肢を考えなければならないこともあります。

それでも、

「子どもの頃から治療してきたことが無駄だった」

とはならない治療方針を目指します。

第一期治療を行ったことで、成長途中の噛み合わせが改善した。
歯が生えてくる環境を整えることができた。
毎日コツコツつづければ変化することを実感できた。

そうした一つひとつを積み重ねることで、

「あのときから診てもらっていて良かった」

と思っていただける治療を、患者さんとそのご家族と一緒に目指しています。

受け口の第一期治療は、数年がかりの治療です

私たちが向き合っているのは「装置」ではなく、これから成長していくお子様ひとりひとりです。

小学生だった患者さんが中学生になり、高校生になっていく。

その間に歯が生え替わり、身長が伸び、顔つきも変わり、顎も成長します。

治療が思い通りに進む時期もあれば、予想とは違う成長をすることもあります。

特に下顎は思春期まで成長が続くため、治療の結果を本当に評価するには、長期間にわたって経過を見る必要があります。

その上、長期的な治療効果については、まだ十分な研究がないことも指摘されています。

だからこそ私は、骨格性下顎前突の第一期治療で最も大切なのは、

私たちとご本人、そしてご家族が、何年にもわたって信頼し合いながら治療に取り組むこと

だと考えています。

装置をきちんと使うこと。

定期的に通院すること。

成長による変化を一緒に確認すること。

そして、良いことだけではなく、思うようにいかない変化が起きたときにも、それをきちんと共有すること。

その時点で何ができるのか、次にどんな選択肢があるのかを、みんなで一緒に考えていく。

数年にわたる治療だからこそ、お互いに信頼して同じ方向を向いて進んでいけることが、とても大切なのです。

小児の受け口の第一期治療について、歯科医師が本人と両親に説明する様子

大切なのは「早く始めること」だけではありません

子どもの受け口を見ると、

「早く治療しないと手遅れになるのでは?」

と心配になるかもしれません。

でも、すべての受け口に同じタイミング、同じ装置が適しているわけではありません。

大切なのは、単純に「早いか遅いか」ではなく、

何が原因の受け口なのか。
今、どの成長段階にいるのか。
今治療することで何が期待できるのか。
その治療にはどんな限界があるのか。
そして、これからどのように成長を見守っていくのか。

そこまで考えて、治療を始めることだと思います。

治療方針は、研究結果だけで決められるものでもありません。

矯正歯科医が診断した現在の状態やこれまでの経験、ご本人やご家族の希望、治療による負担、そして何を大切にしたいのか。

そうしたものを一緒に考えながら、その子に合った治療を選択していくことが大切です。日本矯正歯科学会の資料の中でも、科学的根拠だけでなく、術者の経験や患者さんの希望・価値観を考慮して意思決定することの重要性が示されています。

まとめ|受け口の治療は「成長と付き合う治療」

成長期の骨格性下顎前突には、第一期治療を行う意味が大きいケースがあります。

一方で、早くから治療を始めても、その後の成長によって再び受け口が強くなったり、最終的に外科的矯正治療が必要になるケースもあります。

この二つは、どちらも事実です。

だからこそ私たちのクリニックでは、「この装置を使えば治ります」という治療ではなく、その子の成長を長く見守りながら、その時点でできることを一つずつ積み重ねていく治療を大切にしています。

第一期治療だけではなく、成長が終わってその先の第二期治療まで。

その長い時間の中では、最初に思い描いた通りに進まないこともあるかもしれません。

だからこそ、術者だけが頑張るのでも、ご本人やご家族だけが頑張るのでもなく、お互いに信頼し合いながら、一緒に成長を見守っていくことが大切だと思っています。

そして長いお付き合いの最後に、患者さん本人とご家族から、

「あのとき治療を始めて良かった」
「長く診てもらって良かった」

と思っていただけること。

それが、私たちが目指している成長期の矯正治療です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 子どもの受け口の矯正は、いつから始めるのがよいですか?

受け口だからといって、すべてのお子さんが同じ年齢で治療を始めるわけではありません。歯の生え変わりや噛み合わせ、上下の顎のバランス、成長の段階などによって適切な時期は異なります。まずは矯正歯科で現在の状態を確認し、「今から治療する意味があるのか」「経過を見てもよいのか」を判断することが大切です。

Q2. 子どもの反対咬合(受け口)は自然に治ることがありますか?

歯の生え変わりなどによって噛み合わせが変化することはありますが、受け口には歯の傾きによるもの、噛むときに下顎が前にずれるもの、上下の顎の骨格が関係するものなど、さまざまなタイプがあります。そのため、「そのうち自然に治る」と自己判断せず、一度状態を確認しておくことをおすすめします。

Q3. 受け口の第一期治療をすれば、将来手術をしなくて済みますか?

第一期治療を行っても、将来の外科的矯正治療を必ず避けられるわけではありません。成長期には、その後の顎の成長を正確に予測することが難しいためです。一方で、成長期だからこそ行える治療もあります。期待できる効果だけでなく治療の限界についても理解したうえで、長期的に経過を見ていくことが大切です。

Q4. フェイシャルマスク(上顎前方牽引装置)は、どんな受け口に使うのですか?

フェイシャルマスクは、主に上顎の成長が十分でないことが受け口に関係している成長期のお子さんに検討される装置です。ただし、受け口の原因や骨格、成長段階などによって適応は異なります。「受け口ならフェイシャルマスク」と一律に決まるものではなく、診断したうえで治療方法を選択します。

Q5. 子どもの受け口は、早く治療を始めるほどよいのでしょうか?

必ずしも「早ければ早いほどよい」というわけではありません。早い時期から治療する意味があるケースもあれば、成長を観察しながら治療のタイミングを考えたほうがよいケースもあります。大切なのは治療開始の早さだけではなく、受け口の原因や成長を見極め、そのお子さんに合った時期と方法を選ぶことです。